今さらですが、音楽環境においてインターネットの普及による恩恵は、はかり知れないものがありますね。どんなジャンルの音楽もどんな演奏家の音楽も気になるものを検索すれば必ずと言っていいほど希望通りの音楽を探し当て聴くことができる。今や当たり前のこととなっていますがほんの十数年前までは違っていました。
知りたい曲や聴きたい演奏があるとCDを購入して聴くというのが主流でしたので、楽器店やCDショップの視聴コーナーに様々なCDを運び込んで店員さんの視線を感じながら長時間ヘッドホンを離さず大枚を支払うたった一枚を徹底的に吟味したものです。二十数年前となるとさらに違い、何年とは言いませんが私の子ども時代になってくると今とは全く別世界でした。
よほど経済力があり音楽に理解のある家庭であればレコードなどでいろいろな音楽に触れる機会があったかも知れませんが、一般的な家庭であれば音楽の媒体はテレビかラジオでした。私の育った家庭でもでもクラシック音楽など全く縁遠い環境でしたので私がクラシック音楽に触れることができるのは主にNHKのクラシック音楽番組のみという状況でした。他の番組を観たがる家族を抑え込みテレビのチャンネル権を獲得しやっと観ることができる(聴くことができる)ピアニストの演奏。ただただ自分の拙い演奏との差に呆然としたものです。ショパンコンクールの番組が放送されたときは釘付けになり、放送をカセットテープの外部録音で録音し、家族の生活の声が入ったファイナリストたちのピアノ演奏を夜な夜な胸をときめかせて聴いていました。高校生の時に音楽の先生から頂いたクラシックピアノのレコードを録音したカセットテープを聴いてショパンの幻想即興曲やモーツァルトのトルコ行進曲にどれほど感激したことでしょう。
本当に何もなくて何も知らなかった時代です。聴きたいものが無尽蔵と言っていいほどに自由に聴ける現在をニューヨークのビル街とすると、当時の状況は見渡す限り大地の荒野にところどころ木やオアシスなどがあるような感じでしょうか。でもそのところどころにしかない木やオアシスが限りなく輝いて見えていました。まだ自分の知らない音楽の世界を知りたくて知りたくてしかたなく身を焦がすような思いでした。
だから知りたい曲聴きたい曲が自由に聴ける今の音楽環境はまさにパラダイスです。桃源郷です。ウハウハです。
なんでも自由に聴け過ぎて音楽のありがたみがわからない、身を焦がすような憧れを感じられないという一面も確かにあると思います。でもインターネットによる今の環境がなければ私はブルックナーのシンフォニーを聴けないままかも知らず、往年の素晴らしい歌手や識者やピアニストたちの演奏を聴けにままかも知れなかったと思うとやはりインターネット普及による今の音楽環境に心から感謝しないではいられないのです。
そしてコロナ禍による制限が明けた今、個人的にですが、デバイスの演奏に飽き足らず、生演奏が聴きたくて仕方なく、いつでも好き放題シンフォニーやピアノ演奏やオペラなど生演奏が聴ける環境を夢見ている今日この頃です。
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